第二章 此花
かび臭い地下室で、父は死んでしまった。
ファは、流れる涙を拭いもせずに叫んだ。
「人殺し!!人殺し!!お父さんを返して!!」
「お父上が、花の在処を話してくれないから悪いのですよ」
ロナルドはしれっとしてそう言った。ファが言い返すより先に隣にいた王がロナルドの頭をどついた。
「ものには、やり様ってものと、言い様ってものがあるだろう!ロナルド!!」
もっとやれ!と、ファは思った。
この手が届くなら、くびり殺してやるのに!!
「ヤイム様。それを選んでいたら、我が国の民は飢え死にします。一人死ぬことによって一万人生き延びられるのならば、君主として、どちらを選ぶべきか……おわかりですね?」
ヤイム王は、うっ、と詰まった。
ロナルドはファに向かって言った。
「とはいえ、私は決してあなたのお父上を殺すつもりはありませんでした。不死の花を円満に譲り受けられればそれで良かったのです。
しかしあなたのお父上はそれを拒否した。
『死んでも渡さん!』……だそうです」
「だから殺したって言うの!?」
ファがロナルドを見る目つきには、この世の憎悪が全て詰まったような、とてつもない憎しみに満ちていた。
「いいえ。殺そうとは思ってませんでした。でも死んでしまわれた。
……私は、自殺ではないかと思っていますが」
「……えっ?」
「ともあれ、花はどこですか?もう、あなたしか頼れないのですよ」
「……」
ファは黙ってそっぽを向いた。
何一つとして話すものか。
父を殺したこいつなんかに。
「また痛い目にあいたいのですか」
ロナルドは目を細めた。
ファはびくり、と体を震わす。
やる。この男は本当にやる。
ファの目が恐怖の色を宿してロナルドを見た。
「まて、またんか!ロナルド!」
ヤイムが止めに入る。
「そんなやり方をせずとも、誠心誠意話せば良いではないか」
「……ヤイム様」
ロナルドは呆れた顔をしている。
娘はヤイムの名を反芻した。
ヤイム……この国の王の名前!!
「娘さん。ファ嬢でよいか?
君はこの世界が今どうなっているかは分かるかな?」
ファはこくりと頷いた。
「緑がなくなっていき、人は飢え、争う。我が国の民が殺し合うのだ。ただ一つのパンをめぐって」
「……」
「今朝も庭師のメイナが死んだ。君のお父上と親しい、気のいい娘だった」
「……」
「俺にはどうすることも出来なかった。出来ることを全てやりたくて、土を耕した。だが芽は出ない」
知っていた。ここ数年、王自らが農作業をしている、と。
ファはそれを聞いて嬉しかった。うちの王様は、即位したばかりで、まだまだ頼りないけれど民のことを人一倍考えてくれていると。
「頼む。花を燃やさせてくれ。この国を、この世界を救うために」
王は深々と頭を下げた。囚人であり、平民であるファに対して。
……ファは本当に嬉しかった。うちの王が民のために土を耕し、救済の手を各地に出していると聞いて。
父も、父も「そうだね」と微笑んでくれたのにっ……!!
「……その花については本当に知らない」
「ファ嬢!!」
「でも、父は前妹に花を贈っていた。グリナードにいる病弱な妹にぴったりの、万病に効く花だって言ってた」
父さん。許して。
ファは唇を噛みしめた。
王はパッと顔を上げ、満面に笑みを浮かべた。
「……ありがとう!ファ嬢!」
父さん、許して。
ファはもう一度父に謝った。
私は妹を売りました。あんなにも話すまいとした父さんを知っていたのに。
涙が一筋、頬を流れる。目の前の父は、黙ったまま……それでもファを責めているかのように思えた。
だって、父さん。あなたは妹ばかりを守ろうとした。
妹を隣国の緑の国に送り、私はこの国で父を手伝った。かつかつの暮らしで。
そして私がどんな目にあっても話そうとしなかった。
花の居所を。妹のことを。
そんなに妹が大事なの?父さん。
父の屍は何も語らない。
だからこそ、ファは流れる涙を止めることは出来なかった。
そんなファの涙を、王は優しく拭ってやり、その側近たる男はその二人をただじっと見ていた。
突き刺すような、冷たい瞳で。
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