4章 一目見て
そして一行は何事もなくアレアのいる土地、チェムと言う小さい町に入った。まだかろうじて緑がある田舎の町だ。
その町に入って少し歩くと通りの奥から駆けてくる少女が見えた。長いふわふわの髪の毛を風にたなびかせてくる少女の頬は紅潮していた。
「アレア……?」
「……お姉さま?」
その娘は、ファに気づくと驚いて立ち止まった。あんぐりと口を開け、姉と傍にいる男二人を上から下までまじまじ見る。
「お姉さま!」
悲鳴のように声をあげて、彼女はファに喜んで飛びついてきた。そして姉の頬に何度もキスをした。
「どうなさったの!? いきなり来るなんてひどいわお姉さま! 心臓が止まるかと思いました!」
そう言って花のように微笑むと、もう一度姉にキスをした。隣で男性陣二人はあっけにとられている。少女はその二人に顔を向けると目をぱちくりさせた。
「あら、そちらの方は?」
「……アレア! 何を言っ……寝てなきゃだめでしょ!」
「大丈夫ですわ、お姉さま」
とても嬉しそうに、彼女が言った。
「私病気が治りましたの。お父様の送って下さった花の種を飲んで」
その言葉と共に、場が凍った。
ファはかすれた声で言う。
「アレア……お父さんがあなたに送った花、もう散ってしまったの?」
「はい」
アレアは何も知らずに微笑んだ。
ヤイム王は倒れそうになった。
では、ではこの地はもう――――!
「種はどうしました? 全てすりつぶして飲んでしまわれたのか?」
ロナルドの問いに、アレアはきょとんとして答える。
「いいえ。二つ種が出来て、一つは飲みましたけれどももう一つは残ってますわ」
「アレア! 早く、そこまで案内して!」
「え? え?」
アレアは姉の剣幕に驚き、戸惑いながらも頷いたのだった。
「どうしましょう……わた……私……」
アレアは半泣きで言った。
テーブルの上には種が一つ。この世のを救う花の種。けれども種では救えない。
叔母の家に入った一行は挨拶もそこそこに今のテーブルの上に置いた種を囲んで唸っていた。
道すがら事情を説明され、アレアは途中で二度ほど泣き出した。父の死と花の話を聞いて。
「花が咲くまでどれくらいかかるのだ?」
ヤイムが聞くと、ロナルドは首を振った。
「恐らくは、五年や十年は……我が国の飢餓の状況からして保つか保たないか危険な所ですな」
「うむむむ……」
重い沈黙が下りた。
「私のせいで……ごめんなさい、ごめんなさい……」
アレアはとうとう泣き出した。隣の席のヤイムが慰める。
「アレア殿のせいではあるまい。送られてきた花が不死の花だと、救世の花だと分かる訳もないだろう。花に救われた命、大切にするのだぞ」
「ヤイム様……」
えぐ、と涙をこらえるアレア。
「まあ、救われた命がもうすぐ尽きるかもしれませんがね」
ぼそっとロナルド。すると反対側の王に足元を蹴られたらしく、眉をひそめて口をつぐんだ。
ファは黙り込んでいた。
「世界は滅びてしまいますの?」
「そこまで行きませんが、我々のいる国は、まだ緑が豊かな周囲の国の支配下に落ちてしまうかも知れませんね。上手くいって五年で、花が咲きその花の灰をまけば土地は蘇ります。ただそこまで民衆が我慢できるかどうか……微妙な所ですね。」
「何か、何か方法はないのか?」
ヤイムが聞くも、ロナルドは首を振った。方法があったら既に試している。土地はやせ衰え、一つのパンを巡って争いあう人々。海を越えた他の国からの経済交渉や食料援助でなんとか保っているのだ。
「あの、何の関係もないかもしれないんですけど……」
アレアはおずおずと口を開いた。皆がその話に耳を傾ける。
「私、父から聞いたことがありますの。小さい頃……ほんの四、五歳くらいの頃に聞いたお話なんですけど……。食べてはいけない花を食べてしまったお話。多分童話か何かで読んで貰ったのだと思いますの」
「アレア殿! その話をもっと詳しく!」
「ごめんなさい……何だか悲しい話で、よく覚えてませんの。だけど、その話では世界は助かったと思います」
「アレア!どこで読んだの!? うちにあるの?」
「いいえ……ええと、たしかトーク国の図書館にあったと思うんですけれど……」
「まあ、この際です。わらにもすがりたい」
ロナルドは種を大切そうに包んで王に渡した。
「この種は王に保管していただくとして、その本とやらを探してみましょう。まあ、童話なんかに期待しても仕方ないでしょうが」
「あんた本当にひねているわね!」
ファは毒づいた。アレアはおろおろしている。
「お、お姉さま……王様の側近になんて事をおっしゃるの……」
「アレアは黙っていて!」
ロナルドに向かって舌を出すファ。側近は平然とそれを受け流した。心配そうに姉を見るアレアにこっそりと王が囁いた。
「安心してくれ、アレア殿。あれはじゃれあっているだけで、本当は仲が良いんだよ」
「ほ、本当ですの?」
「そんな訳ないでしょ!」
「違います」
二人は同時に否定した。ファはとことん嫌そうに。ロナルドはいつもの無表情で。
それを見てアレアは吹き出した。花のように笑う。
そんなアレアを王は微笑んで見ていた。
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